高齢期における医療・介護費の見積もりと備え方

高齢期における医療・介護費の見積もりと備え方

1. 高齢期に直面する医療・介護費の現状

日本は世界でも類を見ないスピードで高齢化が進行しており、総人口に占める65歳以上の割合は2023年時点で29%を超えています。この高齢化社会の進展により、医療や介護サービスへの需要が急激に高まっています。

厚生労働省によると、2021年度の国民医療費は約44兆円に達し、そのうち75歳以上の後期高齢者による医療費が全体の約36%を占めています。また、公的介護保険制度の総給付額も増加傾向が続き、同年には約11兆円となりました。

日本の医療・介護制度は一定程度公的保険によってカバーされていますが、高齢期には自己負担額も無視できません。たとえば70歳以上の場合、一般所得層で医療費の自己負担割合は1割~2割ですが、入院や長期治療、在宅介護などが重なると家計への影響は大きくなります。

さらに今後は団塊世代(1947~1949年生まれ)の全員が75歳以上となる2025年以降、「2025年問題」として社会保障費のさらなる増大が懸念されています。これらのデータからも、高齢期に備えた医療・介護費用の見積もりと準備がますます重要になっていることがわかります。

2. 医療・介護費の平均的な見積もり方法

高齢期における医療費や介護費は、個人差が大きいものの、公的データを活用することで一般的な目安を把握することが可能です。ここでは厚生労働省などの公的機関が発表しているデータを参考に、平均的な費用の算出方法や具体的な目安についてご説明します。

医療費の平均的な目安

厚生労働省「国民医療費の概況」によれば、75歳以上の後期高齢者一人あたりの年間医療費は約97万円(2021年度)とされています。これは入院・外来・調剤など全てを含む金額であり、年齢や健康状態によって変動します。

年齢層 年間医療費(平均)
65~74歳 約38万円
75歳以上 約97万円

介護費の平均的な目安

介護については、「介護給付実態調査」などに基づき、要介護認定を受けた場合の自己負担額を計算できます。多くの場合、自己負担割合は1割ですが、所得によって2割または3割となる場合もあります。

要介護度 月額自己負担(1割負担) 年間自己負担(1割負担)
要支援1~2 約5,000~10,000円 約6万~12万円
要介護1~5 約15,000~50,000円 約18万~60万円

合計で想定される医療・介護費用の目安例

たとえば75歳以上で要介護2の場合、年間医療費97万円+年間介護自己負担24万円=合計121万円程度がひとつの指標となります。ただし、これらはあくまで平均値であり、ご自身やご家族の健康状態や生活スタイルによって必要額は異なります。

医療・介護保険制度の活用法

3. 医療・介護保険制度の活用法

高齢期における医療・介護費の見積もりと備え方を考える上で、日本独自の医療保険および介護保険制度は非常に重要な役割を果たします。まず、医療保険制度についてですが、日本では国民皆保険制度が導入されており、原則として全ての国民が何らかの公的医療保険に加入しています。これにより、高齢になっても一定の自己負担割合で医療サービスを受けることが可能です。特に75歳以上になると「後期高齢者医療制度」が適用され、自己負担割合が1割または3割となります(所得水準による)。

高額療養費制度の活用

医療費が高額になった場合でも、「高額療養費制度」を利用することで月ごとの自己負担額に上限が設けられており、家計への急激な負担増加を抑制できます。これは予測困難な大きな医療費発生時にも安心材料となります。

介護保険制度の基礎知識

一方、介護保険制度は40歳以上から加入し、65歳以上で要支援・要介護認定を受けた場合に各種サービスが利用可能です。訪問介護やデイサービス、施設入所など、多様なサービス形態があります。自己負担割合は原則1割(所得によって2割または3割)ですが、ケアプラン作成や認定調査などを通じて必要なサービスを効率的に組み合わせることが求められます。

備えとしてのポイント

これらの公的保険制度を最大限活用するためには、以下の点に注意しましょう。

  • 各制度の自己負担割合や利用条件を理解する
  • 定期的に最新情報や改正内容を確認する
  • 必要に応じて民間保険(医療・介護型)の追加検討も行う

公的な医療・介護保険は、高齢期に直面しうる大きな支出リスクへの基礎的な備えとなります。これらを前提としたライフプラン設計と資金計画が、高齢期の安心につながります。

4. 実際にかかる自己負担額のシミュレーション

高齢期における医療・介護費用を現実的に見積もるためには、実際に自己負担する必要がある金額を具体的にシミュレーションすることが重要です。ここでは、医療費と介護費について、それぞれの生活パターンや健康状態別に事例を紹介し、将来への備え方の参考となるよう解説します。

医療費の自己負担額シミュレーション

日本では75歳以上の後期高齢者は医療費の自己負担割合が原則1割(一定以上所得者は2割または3割)です。以下の表は、年間医療費総額と自己負担額の一例です。

年間医療費総額 自己負担割合 年間自己負担額
30万円 1割 3万円
60万円 1割 6万円
120万円 2割 24万円
240万円 3割 72万円

ポイント:高額療養費制度なども活用すれば月ごとの上限も設けられているため、急な大きな出費にも一定の備えが可能です。

介護費用の自己負担額シミュレーション

介護保険サービス利用時の自己負担は原則1割(所得により2割、3割)です。以下に要介護度別、月間介護サービス利用料と自己負担額を示します。

要介護度 月間サービス利用限度額(目安) 1割負担の場合(月額) 2割負担の場合(月額) 3割負担の場合(月額)
要支援1 5,000円程度 500円程度 1,000円程度 1,500円程度
要介護1 16,000円程度 1,600円程度 3,200円程度 4,800円程度
要介護5(最重度) 36,000円程度 3,600円程度 7,200円程度 10,800円程度

生活パターン別シミュレーション事例紹介

Aさん:元気な自立高齢者(75歳・持病なし・通院年数回)

  • 医療費: 年間3万円前後
  • 介護費: ほぼゼロ
  • 合計: 約3万円/年
      Bさん:慢性疾患持ち・月1回通院+訪問看護利用(80歳)

      • 医療費: 年間12万円前後
      • 介護費: 要支援1で年6千円前後
      • 合計: 約13万円/年
          Cさん:認知症進行・施設入所(85歳・要介護5)

          • 医療費: 年間20万円前後
          • 介護費: 年間43万円前後(施設入所含む)
          • 合計: 約63万円/年

              このように、高齢期の健康状態や生活パターンによって医療・介護の自己負担額は大きく異なります。将来設計には、自身や家族の健康リスクとサービス利用状況を踏まえた具体的な数値シミュレーションが不可欠です。

              5. 備え方としての資産形成とリスク分散

              公的年金の役割と限界

              高齢期における医療・介護費を賄うための基本的な柱は、公的年金です。日本の公的年金制度は老後の生活基盤を支える仕組みですが、近年は少子高齢化による年金額の抑制や将来の給付水準低下が懸念されています。そのため、公的年金だけに頼ることなく、追加的な備えが重要とされています。

              預貯金による自助努力

              多くの日本人が重視する老後資金準備方法として「預貯金」が挙げられます。銀行や郵便局への定期預金は元本保証があり、流動性も高いため、急な医療費や介護費用の発生時にも安心です。しかし、現在の超低金利環境では大きな運用益は期待できず、インフレによる実質価値目減りリスクにも注意が必要です。

              民間保険でカバーする不測の事態

              医療保険や介護保険など民間保険商品も有効な備えとなります。特に医療費や要介護状態になった場合の一時金・給付金は、公的保障ではカバーしきれない部分を補完します。加入時には保障内容や免責条件、保険料負担とのバランスをよく検討しましょう。

              リスク分散の考え方

              老後資金準備においては「リスク分散」が鍵となります。一つの商品や手段に偏ることなく、公的年金・預貯金・民間保険など複数手段を組み合わせてリスクヘッジすることが大切です。

              被動運用としてのインデックス投資活用

              近年注目されている方法がインデックスファンドなどを用いた「被動的運用」です。長期的な資産形成には、日本や世界全体の株式・債券市場に広く分散投資できるインデックスファンドが有効とされます。NISA(少額投資非課税制度)やiDeCo(個人型確定拠出年金)といった税制優遇制度も活用しながら、時間分散・資産分散を心掛けることで、価格変動リスクを抑えつつ着実な資産形成が可能となります。

              6. 家族とのコミュニケーションとライフプランの重要性

              高齢期における医療費や介護費の見積もりと備えを考える際、家族や親族とのコミュニケーションは欠かせない要素です。特に、将来の生活や資金計画について共通認識を持つことは、ご本人だけでなく家族全体の安心にもつながります。

              家族との話し合いのポイント

              まず、医療・介護が必要になった場合の希望や優先順位、利用したいサービスなどについて、早い段階から家族と率直に話し合うことが重要です。具体的には、「自宅での療養を希望するか」「施設入所も選択肢とするか」など、ご本人の意思を尊重しながら現実的なプランを検討しましょう。また、突発的な入院や介護状態への移行時に備え、連絡体制や役割分担も明確にしておくことで、トラブルを未然に防ぐことができます。

              エンディングノートの活用

              近年では、自分の希望や資産状況、連絡先リストなどをまとめておく「エンディングノート」が注目されています。エンディングノートは遺言書とは異なり法的効力はありませんが、ご本人の考えや思いを家族へ伝える大切なツールです。万一の場合でも、医療・介護に関する希望や必要な手続きがスムーズに進むため、多くの方が作成を始めています。

              ライフプラン設計のステップ

              1. 医療・介護に必要な費用と収入・資産状況をデータとして整理します。2. 公的保険(健康保険・介護保険)や民間保険の保障内容を確認し、不足部分を洗い出します。3. 家族内で役割分担や緊急時の対応方法について合意形成を図ります。4. エンディングノート等を活用して、ご自身の希望を書き残します。

              まとめ

              高齢期を安心して迎えるためには、事前準備と家族とのオープンなコミュニケーションが不可欠です。「もしも」の時に備えた情報共有と具体的なライフプラン設計によって、ご本人もご家族も納得できるシニアライフを実現しましょう。